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七七日(しちなぬか/四十九日) 忌中明け

 投稿者:鯛の里 松本  投稿日:2019年 4月23日(火)09時07分40秒
返信・引用 編集済
  【忌中明け】
きょうが七七日(しちなぬか/四十九日)。
四十九日法要は葬儀の翌日の納骨のときに済ませていたのですが、
僕の気持ちの区切りとして、
お寺から下がっていただいて、
拝んでいただきました。
ありがとうございました。
【中陰和讃】
七七日まもる弥陀如来
仏前供養のその徳で
屋の棟はなれて極楽へ
導きたもうありがたや
造りし煩悩消滅し
南無阿弥陀仏 阿弥陀仏

ようやく今日、
父は極楽浄土に到着です。
良かったね。

仏教では、
人が死んで次の生をうけるまでの間を「中陰」あるいは「中有」といいます。
四十九日をもって満中陰とします。

浄土宗では死後はすぐに浄土へと向かうそうですから、
浄土に辿りつくまでに七つの関所があり、
苦行を課す中陰和讃の世界とは違います。
ただ、檀家の間で定着してきたことから、
和讃を唱えることになったようです。

極楽浄土が存在するのか、
あるとすればどういう世界なのか、
地上に住む私たちには知る由もありません。

「我思う、ゆえに我あり」とは、
フランスの哲学者デカルトの言葉です。
私という存在は、
私が有ると思うから有ると説きました。

お釈迦様はこう説きました。
「われは考えて、有るという迷わせる不当な思惟の根本をすべて制止せよ。内に存するいかなる妄執をもよく導くために、常に心して学べ」。

分かりやすい例えは、
「神は存在するのか」と尋ねられたら、
デカルトで言えば
「神は思う、ゆえに神あり」ということになります。
これを哲学用語でいえば観念論。

日本で言えば「善の研究」で有名な西田幾多郎。
「意識現象が唯一の実在である」
と説きます。
ここまでくると、
ワタシャ頭が狂いそうです。

一方、哲学者マルクスは「我あり、ゆえに我思う」と説きました。
私が存在しない限り、
思うことはありえない。
これからいくと、
人は死に、
存在が無くなれば、
思うことはない。
これを哲学用語で言えば唯物論。

夏目漱石は、
「吾輩は猫である」の中で、
主人公の猫が
「人間は長い歴史の中でこんな当たり前のことしか思いつかない愚かな生き物だ」
と嘲笑います。
ハッハッハ!(^^)!

がばいばあちゃんは明快です。
「生きちょるだけで丸儲け。ガッハッハ!(^^)!」。

パスカルは
「人間は一本の葦にすぎず自然のなかで最も弱いものである。だがそれは考える葦である。人間は孤独で弱いが,考えることができることにその偉大と尊厳がある」。

「思うから有るのか」
「有るから思うのか」。
この狭間で人は生きていくのでしょう。

あなたはどう思いますか。
僕は、あの世が存在するとしたら、
地獄よりも極楽がいい。
今、僕はまだ生きていますから、
僕の心の中に父も母も生きています。

【中陰和讃】全文
初七日まもるは不動なり
くらやみ峠のあてなしと
中陰途切れず称えやり
光明たよりて越えるなり

二七日まもるは釈迦如来
火ふり峠をさか落とし
おのおの供えし手向けある
水をたよりに越えるなり

三七日まもるは文殊菩薩
うづまき峠はてしなと
中陰途切れず供えある
日の立ちほどで越えるなり

四七日まもる普賢菩薩
生津の川が現われて
死してめしたる帷子の
六字の名号で越えるなり

五七日まもる地蔵菩薩
なみだを流す三途川
追善菩提の功徳にて
舟に乗りつつ越えるなり

六七日まもる弥勒菩薩
六道の辻に踏み迷い
自力の心を振り捨てて
他力の一つで超えるなり

七七日まもる弥陀如来
仏前供養のその徳で
屋の棟はなれて極楽へ
導きたもうありがたや
造りし煩悩消滅し
南無阿弥陀仏阿弥陀仏
----------
四十九日まで、
お付き合いいただいて、
ありがとうございました。
サクラの花もすっかり新緑にかわりました。
これで忌中明けです。
役所関係や遺品整理もひと段落つき、
やっと仕事に復帰できます。
引き続きご指導賜りますよう、
お願い申し上げます。
    松本昭司
関連ページ
 
 

ハワイからのご一行 その二

 投稿者:鯛の里 松本  投稿日:2019年 4月18日(木)10時17分32秒
返信・引用
  ハワイからのご一行を波止釣りにご案内。

泊清寺での歓迎交流会の後、
沖家室にルーツを持つ方がそのまま残り、
釣りをしながら祖先を偲びたいということで、
その一行のイトコが僕の友人でもあり、
釣りのサポートを頼まれた次第です。

潮は悪い訳じゃないのですが、
なんともほぼ大潮の最干潮時。
水深わずか1メートルしかありません。
釣れてくれよと願う気持ち。
ところがなんと、
メバルの入れ食い。
海面を覆う藻の陰にウジャウジャいるんですねえ。
もっとも型は小さいですが、
メバルはメバル。

「shouji、フィッシュ ネーム!(^^)?」

「MEBARU」

「MEMARU?」

「NO NO メーバール。eye凸(ジェスチャー)」

「イエス イエス メバール」

「OK!(^^)!」

そんな楽しいやりとりの中、
時間は迫ります。

「shouji(ジェスチャー)、フィッシュ クリーン toホテル!(^^)?」

ようするに、
これをホテルに持って返ってシェフに料理してもらいたいから、
シゴをしてくれないか!(^^)?。
と言う意味。

OKOK。

急いで取って返して、
シゴをしました。

写真は、全部シゴはできなかったので、
少しだけおすそ分けでワラシの今夜の肴。

やー、賑やかで楽しい皆さんでした。
僕が用意した竿を使っていましたが、
途中でMy竿を出すんですね。
つまり、ハワイの現地で皆さん、
結構釣りをしているんです。
その釣竿を祖先の島で使ってみたい。
その気持ちもよーくわかります。
リール竿ですが、
それでも結構釣るんです。

楽しかったです。
お土産もいっぱいいただいちゃって。
ハワイのお菓子とか、
ウイスキーやコーヒー、
イチローユニフォームまで。
しかも丁寧なメッセージ付きで。
先人の、
たいへんな苦労重ねてハワイに根付いた心を引き継いだ
皆さんの豊かな心なんですね。
嬉しくって涙が出ました
See you again
関連ページ
 

ハワイからのご一行 その一

 投稿者:鯛の里 松本  投稿日:2019年 4月18日(木)10時14分59秒
返信・引用
  17日はハワイから20数名のご一行が沖家室を訪ねてこられるとのこと。
昨年の10月、
ロスに住む友人からメールがありました。
沖家室の木村家がルーツです。

「ハワイに住むイトコたちが午前中に泊清寺を訪ねた後、8人が島に残って女性3人は散策、男性5人は釣りをしたい。波止釣りは可能か!(^^)? 夕方にはホテルサザン・セトへ」

OKはしたものの。
潮汐表をみると、
昼過ぎは中潮で最も干潮時。
ガ~~ン!(××)!。
中潮は大潮の一つ手前でほぼ大潮。
春の干満は一年でもっとも大きい。
潮の高さは海底から1メートルとわずか。
魚が釣れるのかどうか。
これではせっかく島に来たのに、
時間がもったいないのではないかと友人に伝えると、
こんな返事が返ってきた。

「潮汐の件、京都にいた従兄夫妻に伝えました。今回のかむろでの釣りは釣果云々より、『かつてご先祖様がここで釣りをしてたんだろうな』とご先祖を偲んで釣りを楽しめれば満足できるとのことでした」

釣糸を垂れてご先祖様を偲ぶ。
いいですね!(^^)!。
お引き受けすることにしました。
天気も良さそうだし、
干潮時の島の風景も良いもんです。
関連ページ
 

六七日(むなぬか) 六道の辻

 投稿者:鯛の里 松本  投稿日:2019年 4月15日(月)09時31分44秒
返信・引用
  きょうで六七日(むなぬか)。
位牌の帽子をひとつひとつ上げていく。
あと一文字となった。

墓地の桜の散り際が美しい。
参道は花びらの絨毯。
そっとよけて通った。

中陰和讃
六七日まもる弥勒菩薩
六道の辻に踏み迷い
自力の心を振り捨てて
他力の一つで超えるなり

六道とは「天 人 修羅 畜生 餓鬼 地獄」、
その辻(分かれ目)。
自力の心を振り捨てて、
他力の一つで超えるなり。

他力とは弥勒菩薩をさすのであろう。
弥勒様の力によって六道の迷いの世界を超えていけと説く。

もう少しで極楽浄土だ。
もう迷うこともあるまい。
今、お寺では春の回向法要。
来年は初回向。
大塔婆を建ててもらうからね。
関連ページ
 

補聴器 新調

 投稿者:鯛の里 松本  投稿日:2019年 4月12日(金)15時10分51秒
返信・引用
  補聴器を(集音器と言った方が良いか)新調。
耳穴式は持っていたのですが、
酔っぱらって落としたり、
空気電池を取り換えるのが面倒だったり。
これは単4電池。
だから充電も可能。
ところで、
耳穴式と比べて本体もデカイせいか、
パワーがあってかなりの音も拾います。
ノイズカットの機能もついています。
最近は若者がイヤホンつけている人も多いので、
目立ちません。

若いころ、
音楽で大音響の影響を受けて難聴となりました。
当時はイヤモニターなどなかったので、
ダイレクトに音を聴いた影響です。
それに、音は聞こえても聞きとれないということも厄介です。

ただ、文章を書くときは上から降りてくるので、
難聴は問題ありません。
降りてこないときは、
後ろ頭をゴンゴンと壁に打ち付けると降りてきます。
…。
どっかでそんな話ありましたね。
ハッハッハ!(^^;)!。
もし、僕に声をかけて無視されても気を悪くしないでください。
悪口とナイショごとは聞こえますので、
ご注意くださいね。
さあ、部屋の片付け再開だ!(^^)!。
関連ページ
 

イザベラ・バードの旅「日本奥地紀行を読む」宮本常一

 投稿者:鯛の里 松本  投稿日:2019年 4月12日(金)12時29分32秒
返信・引用 編集済
  イザベラバードはイギリス人で世界を旅した女性。
1831年に生まれ、
72歳の生涯で通算30年に亙って世界各地への旅を行う。
その紀行文は貴重な記録となっています。
ロッキー山脈、サンドウィッチ島、日本、マレー諸島、
カミュールとチベット、ペルシャ、韓国、中国等。

日本へは1878年(明治11年)47歳のときに6月から9月にかけて、
東北 北海道を旅行し、
この時の記録を1880年10月に「日本奥地紀行」(原題「日本の未踏の土地」)(2巻)として出版しています。
「イザベラ・バードの旅『日本奥地紀行』を読む」は、
宮本常一がバードの記録を題材に、
観光文化研究所で講義を行った内容をまとめたものです。

「宮本常一先生の本を読む会」テキストとして今回選んだものです。

話は少しズレますが、
僕は韓国ドラマが大好きで、
特に宮廷ドラマをよく観ます。
高麗、李氏朝鮮王朝時代を舞台にしたドラマに登場する両班(やんばん)。
字幕には「貴族を中心とする特権階級」と出ます。
両班が民を奴隷のように扱う場面が描かれます。

イザベラ・バードの「朝鮮紀行」にもこの両班のことが書かれています。
外国旅行者からみて書かれた貴重な記録でしょう。

「朝鮮の災いのもとのひとつに、この両班つまり貴族という特権階級の存在がある。両班はみずからの生活のために働いてはならないものの、身内に生活を支えてもらうのは恥じとはならず、妻がこっそりよその縫い物や洗濯をして生活を支えている場合も少なくない。両班は自分では何も持たない。自分のキセルですらである。両班の学生は書斎から学校へ行くのに自分の本すら持たない。慣例上、この階級に属する者は旅行をするとき、大勢のお供をかき集められるだけかき集め引き連れていくことになっている。本人は従僕に引かせた馬に乗るのであるが、伝統上、両班に求められるのは究極の無能さ加減である。従者たちは近くの住民を脅して、飼っている鶏や卵を奪い、金を払わない。」
「当時はひとつの道に44人の地方行政官がおり、そのそれぞれに平均400人の部下がついていた。部下の仕事はもっぱら警察と税の取り立てで、その食事代だけをとってみても、ひとり月に2ドル、年に総額で39万2,400ドルかかる。総員1万7,600人のこの大集団は『生活給』をもらわず、究極的にくいものにされる以外なんの権利も特典もない農民から独自に『搾取』するのである。」

僕が生まれたのは1956年(昭和31年)。
戦争が終わって僅か10年しか経っていない時代、
幼い記憶にもまだ軍服姿の大人の記憶があります。
この両班(ヤンバン)という言葉が日常的に使われていました。

「あそこの家は両班じゃ」。

子どもには金持ちの家と理解していました。
さすがに奴隷のように扱われりことはありませんでしたが。
植民地としていた朝鮮半島から、
戦後引き揚げた人が多かったから、
その言葉も持ち帰ったのでしょう。

さて、この本、読み始めたばかりです。
宮本常一先生が読み解くイザベラ・バードの世界。
旅したいと思います。
関連ページ
 

スピッツ 草野マサムネさんと「忘れられた日本人」

 投稿者:鯛の里 松本  投稿日:2019年 4月12日(金)12時17分1秒
返信・引用
  朝ドラ「なつぞら」の主題歌がいいです。
歌っているのはスピッツの「優しいあの子」。
新曲なんだそうです。

ロックバンド スピッツのボーカル草野マサムネさんは宮本常一大ファンと言います。
雑誌「ダ・ヴィンチ」の表紙を飾る草野さんは、
宮本常一の代表作「忘れられた日本人」を手に持っています。
インタビューに答えています。

「僕が民俗学を好きなのは、今信じきっている常識が実はすごい薄っぺらいものなんかじゃないのかって気づかせてくれるから」
だからというわけじゃないんですけど、
好きなバンドです。

ムネマサさんのシャクったような顔。
なにそれ。
ハッハッハ!(^^)!
関連ページ
 

五七日(いつなぬか)

 投稿者:鯛の里 松本  投稿日:2019年 4月 8日(月)16時01分36秒
返信・引用
  きょうは五七日(いつなぬか)。
父が亡くなって35日。
初めてお坊様を我が家に迎えることができました。

父の遺影を母の横に置きました。
小さいころ喧嘩もよくしていた両親。
もともと母は心臓弁膜症を患っていて、
僕が22歳の時に亡くなりました。
高校生の頃は、母と父の喧嘩から僕と父親の喧嘩に移行。
反抗期です。
その頃から両親の喧嘩はあまりみなくなりました。
それは次第に母が弱って、
喧嘩をする元気も段々と失せていったのでしょう。
母をいたわる父の姿を今も覚えています。
仲が良かったのか悪かったのか…。
本人でないとわかりません。

中陰和讃によると

五七日まもる地蔵菩薩
なみだを流す三途川
追善菩提の功徳にて
舟に乗りつつ越えるなり

これから三途の川。
いよいよこの世とのお別れじゃ。
閻魔様にちゃんとご挨拶をして、
舟賃六文銭はちゃんと持ったかいね!(^^)? なに、
今はカードか。
川の途中で釣りをさせろと、
船頭様を困らすんじゃないよ。
海じゃないから鯛はおらん。
母ちゃんの元へ無事に着くように祈っちょる。
関連ページ
 

四七日(よなぬか)

 投稿者:鯛の里 松本  投稿日:2019年 4月 3日(水)11時26分39秒
返信・引用
  葬儀が終わると、
死去その日から数えて七日ごとにお坊様が家までさがってお経をあげられる。
初七日から七七日(なななむか/四十九日)まで続く。
我が家は仏壇と仏間の整理が出来ていなくて、
父の位牌はお寺に預かってもらい、
お寺でお経をあげていただいていた。
そして今日、位牌を家に連れて帰り、
母の隣に置くことができた。

位牌にかぶさった布は七日ごとに一文字づつ開けられていく。
読経の最期に、
「中陰和讃をどうぞ」と声がかかる。
手前の冊子を開く。
中陰和讃には下記のように、
初七日から七七日まで、
さまざまな仏様に支えられて浄土へ向かう道筋が書かれてある。

死者は初七日までにくらやみ峠を越えるとある。
守ってくださるのは不動明王。
光の差さない真っ暗闇の山路をあてどなく彷徨う死者が、
遺された家族が途切れず供えるお灯明によって無事通過する様だろう。
こわい顔のお不動様は、
ここでは暗闇を打ち払う光明の姿なのであろうか。

二七日(ふたなぬか)はこわい。
火ふり峠から逆落としされてしまう。
そして水を頼りに昇って行く。
この水とは、
残された家族が手向けた水をさすのであろう。
それをお釈迦様が静かに見守る。
以降、菩薩様が守る。
菩薩とは修行の姿。
浄土にたどり着くまでまだまだ修行の道。

きょうは四七日(よなぬか)。
生津の川が現われるとある。
「三途の川」は五七日に登場するから、
二つの川があるのだろうか。
死者の身につけた帷子(かたびら)に書かれた「六字の名号」。
「南無阿弥陀仏」である。

初七日まもるは不動なり
くらやみ峠のあてなしと
中陰途切れず称えやり
光明たよりて越えるなり
二七日まもるは釈迦如来
火ふり峠をさか落とし
おのおの供えし手向けある
水をたよりに越えるなり
三七日まもるは文殊菩薩
うづまき峠はてしなと
中陰途切れず供えある
日の立ちほどで越えるなり
四七日まもる普賢菩薩
生津の川が現われて
死してめしたる帷子の
六字の名号で越えるなり
五七日まもる地蔵菩薩
なみだを流す三途川
追善菩提の功徳にて
舟に乗りつつ越えるなり
六七日まもる弥勒菩薩
六道の辻に踏み迷い
自力の心を振り捨てて
他力の一つで超えるなり
七七日まもる弥陀如来
仏前供養のその徳で
屋の棟はなれて極楽へ
導きたもうありがたや
造りし煩悩消滅し
南無阿弥陀仏阿弥陀仏

四七日(よなぬか)の今日は生津の川を渡る。
父ちゃん、
次は三途の川だ。
いよいよこの世ともお別れだ。
関連ページ
 

三七日(みなぬか)

 投稿者:鯛の里 松本  投稿日:2019年 3月29日(金)10時29分2秒
返信・引用
  3月25日、三七日(みなぬか)。
朝早くお寺へお参りし、
塔婆を立ててきました。

「卒塔婆/そとば」(略して塔婆)の語源は、
古代インドで「仏塔」という意味のサンスクリット語「ストゥーバ」を漢訳したもので、
ストゥーバ(仏舎利塔)とは釈迦の遺骨を納めた塔で、
これが五重塔の起源といわれています。

五重塔をもとに、
その後つくられた五輪塔が卒塔婆の起源です。
卒塔婆は五輪塔が簡略化されたもので、
五輪塔の5つの形の意味を卒塔婆も同じく持っています。
また、五輪塔が供養塔と呼ばれるように、
卒塔婆そのものが供養を表しています。

なんとなくわかってたような感じもしますが、
改めて思い直す機会になりました。
関連ページ
 

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